野うさぎのあじと

日々徒然なるままに

写真をとりあえずめっちゃ撮る理由の1つとして

1つの要因であり、当てはまらない人もたくさんいることを前提にして、思うことを書いてみようと思う。

 

何でもとりあえず写真を撮るのは、"今現在ここにある自分"を信用できないからではないか?と。

自分にもそういう時期があるし、時期でなくてもモノによってコトによって目の前にあるものに感じ入るのを未来の自分に託すことがある。

 

今この感動に耐え切れる自信がない、来るであろう衝撃を受け止め切れる自信がない、

後でみよう。とりあえず確保して

 

たとえば、推しの新情報とか。

推しのSSRとか。

公式からの衝撃的裏情報あるいは供給過多とか(幸せ)

 

そういうたまにある、イベント的なものは心の波の落ち着く時を待っていざ尋常に挑むとして。

その後回しが癖になった場合に、今ここで目の前のフォトジェニックスウィーツを五感で楽しむ勇気がなくて後で観られるように完璧に保存したいのではないかと。

 

もちろん存分に目で舌で鼻で楽しんで、さらにその時のことを鮮明に思い出せるように記録もしたいんだ、と言う人は多いだろうし、写真を撮る根本的な理由はそれだと思う。

ただ、こういう症状?もあるのではないかな?(少なくとも自分はそういう時があるので)という気づきの備忘録としたかった次第。